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(5)第5期(1986−1994年度)−地域の技術高度化、情報化、国際化と社会資本の整備 1985年の円高不況からはじまり、内需主導型の平成景気の実現、バブルの崩壊とつづいた第5期であるが、今日なお低金利政策をとっても不良債権問題の解決がなされず、景気の本格的な明るさはみえていない。 『北海道東北開発公庫の歩み』によれば、この時期の北海道・東北地域の開発課題はつぎの4つにまとめられる。つまり、?@地域の産業構造の円滑な転換と地域主導による主体的な地域づくりの推進、?A多極分散型国土形成のための重要な戦略地域として地域の技術高度化、情報化、国際化の推進、?B地方民活の促進、?C新しい国土軸の形成や環日本海経済圏構想、青函インターブロック圏構想などの推進である。全国を対象としては、東京一極集中の是正と地方の活性化による多極分散型国土の形成をめざした「第4次全国総合開発計画」(1987年)がつくられたが、北海道・東北地域を対象とする計画は、「第5期北海道総合開発計画」(1988年)、「東北開発促進計画」(1989年)であった。 この時期の北海道東北開発公庫の業務運営は、つぎの3点に重点がおかれた。つまり、?@「地域とともに地域を割る」の実践(政策省庁、地方公共団体、地域経済団体等との連携強化、地域主導による地域づくりの企画段階からの支援、民間活力を重視した地方民活プロジェクト起業化の促進)、?A地域開発を支援する他機関(産業基盤整備基金、民間都市開発推進機構、ふるさと財団等)との連携強化等による政策金融の質的充実、?B地域の産業構造の高度化、地域の情報化、地域の国際化等への積極的対応である。そして、北海道東北開発公庫は、「地域エネルギー研究会」(1986年)や「地域おこし研究会」(1990年)を発足させ、また社会資本の整備促進をはかるために、NTT−Cタイプ無利子融資制度(1987年)やNTT−Cタイプ低利融資制度(1991年)を創設した。また外債発行による資金の調達を開始し(1990年)、さらに新潟事務所の支店昇格と函館・青森両事務所の開設を行った(1989年)。1996年度からは、利用者の利便性向上と地域の金融機関との連携強化をはかるために、稚内市、紋別市、釜石市、酒田市の4ヶ所に代理店を開設(業務の委託先は北海道拓殖銀行稚内支店など)し、代理貸付制度を開始した。この時期の北海道東北開発公庫の主な対象事業・低利融資制度・特利追加等は表10−6に掲げた。 表10−6 第5期の主な対象事業・低利融資制度・特例追加等 ○ 対象事業 ・研究開発事業 ・産業活動支援サービス業 ・産業技術者育成事業 ・建設業
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